妊娠期・育休給付前の生活支援貸付制度
妊娠期・育休給付前の生活支援貸付制度 ——「空白の半年間」を安心でつなぐ
1. 概要
育児休業給付金が支給されるのは、原則として出産後の育休開始から2〜3か月後です。
しかし、現実には妊娠の段階から収入の減少や出費の増加が始まり、多くの家庭が「お金が減る一方で、まだ何の給付もない」という“空白の半年間”に直面します。
この政策は、その期間をつなぐための制度です。
妊娠届の提出から育児休業給付金の初回支給までの間、月5万円まで・最大8か月間、国が無利子・無担保で生活費を貸し付けます。
出産を選んだ人が、経済的な理由で不安に陥らずに済むように。
「お金の心配で妊娠初期を乗り切れない」という状況を、少しでも減らすための現実的な仕組みです。
2. 問題意識(Why)
妊娠が判明したその日から、生活は大きく変わります。
通院、栄養指導、交通費、仕事量の調整、体調不良――収入が減り、出費は増える。
それでも、実際に「お金が入ってくる」のは、出産後に育児休業給付金が支給される2〜3か月後です。
育児休業給付金の支給タイミングについて(図解)
育児休業給付金は、育児のために休業した際に雇用保険から支給される「所得補償制度」です。
ただし、**支給は2か月単位の“後払い”**であり、最初の入金があるのは出産から2〜3か月後になるのが一般的です。
母親が出産・育休を取得した場合の支給スケジュール(例)
時期 | イベント | 手当・給付 | 備考 |
---|---|---|---|
妊娠〜出産 | 妊娠届提出・通院・準備など | なし | 出費は増えるが給付なし |
出産日 | 出産 | 出産手当金(健康保険) | 出産日を含む前後98日(約14週) |
産後8週〜 | 育児休業の開始 | 育児休業給付金(雇用保険) | 職場を通じて申請 |
出産後2か月〜 | 初回給付金の支給(後払い) | 初めてお金が振り込まれる | 実質的に空白が2〜3か月生じる |
父親(パパ育休)を取得した場合の支給スケジュール(例)
時期 | イベント | 給付 | 備考 |
---|---|---|---|
出産後〜8週以内 | 出生時育児休業(パパ育休)開始 | 育児休業給付金(後払い) | 最大4週間まで。事前申出が必要 |
育休取得から2か月後 | 初回給付金の支給 | 初めての入金 | こちらも“後払い”である点は同じ |
補足:支給額と申請者について
- 育児休業給付金は、賃金の67%(育休開始から6か月間)→50%(それ以降)を上限として支給されます
- 原則、雇用保険に加入し、一定の勤務実績がある人が対象です
- フリーランス・自営業者・無職世帯などは対象外です
このように、育休開始から実際に給付金が支給されるまでには時間差があるため、妊娠期〜産後すぐの「お金が足りない」という局面を、制度ではカバーできていません。 だからこそ、この“空白の半年間”に無利子・無担保でつなぐ仕組みが必要なのです。
この“空白の半年間”をどう乗り越えるかは、家庭の経済状況に大きく依存します。
パートナーの収入が安定している、親族の支援がある、貯金がある——そうでなければ、出産をためらうことすらあります。
非正規雇用や単身世帯の女性ほど、そのリスクは高まります。
「妊娠したこと」は自己責任かもしれない。
でも、妊娠した人が安心して出産を迎えられる社会をつくることは、私たち全体の責任です。
そして、これは新しい話ではありません。
2020〜2022年のコロナ禍では、各地の社会福祉協議会が「特例貸付」として、月20万円・最大3か月間の無利子貸付制度を運用しました。
制度設計の経験も、現場のノウハウも、すでに私たちの手の中にあります。
「出産に必要なお金は、あとから返してもらえばいい」
そう割り切れる社会の方が、ずっとまともだと、私たちは信じています。
3. 政策内容(What)
この制度は、妊娠期から育児休業給付金の支給開始までの“空白期間”に焦点を当て、生活費を一時的に支援するための無利子・無担保の公的貸付制度です。
主な内容
- 月5万円まで、最大8か月間の貸付
- 無利子・無担保・保証人不要
- 育児休業給付金の支給開始までの期間に限定
- 返済は、給付金支給後に数か月の猶予期間を設けてから分割で実施
- 条件に応じて返済免除の仕組みを導入(例:第2子以降、所得制限、災害被災など)
対象となる方
- 雇用保険に加入しており、育児休業給付金の支給対象となる人
- 妊娠届を提出し、産前の生活に経済的不安がある人
- 配偶者・扶養状況・年収などにかかわらず、本人が申請者となれる仕組み
※制度設計上、現行の育休給付制度との整合性を優先し、雇用保険非加入者(フリーランス・無職等)は対象外です。
制度の利用イメージ(モデルケース)
田中さん(28歳・契約社員)は妊娠を機に体調を崩し、時短勤務に。月収は8万円ほどに減少。一方で健診費用や準備品、通院費がかさみ、生活費が赤字に。
妊娠届を提出後、この制度を利用して月5万円を借りながら、育休給付金の支給を待つ。給付金支給開始後に分割で返済を開始。
世帯収入が低いため、一部が免除される可能性もある。
4. 実現手順・制度設計(How)
この制度は、既存の雇用保険制度・社会福祉協議会の枠組みを活用しながら、行政負担を最小限に抑えて迅速に運用開始できる設計を目指します。
実施主体と運用の仕組み
- 制度設計・財源管理:厚生労働省
- 貸付スキーム全体の設計、財源の調整、制度の法的根拠整備
- 受付・審査・貸付業務:市区町村 or 各地の社会福祉協議会(社協)
- 「新型コロナ特例貸付」で実績のある社協ルートを活用
- 住民票所在地の自治体を経由して申請
制度導入のステップ
-
法的根拠の確保(育児介護休業法または雇用保険法の一部改正)
- 貸付事業としての位置づけを明確に
- 免除基準や返済手続きのルールも明文化
-
事業予算の確保と国会審議
- 労働保険特別会計の中で財源措置を調整
- 必要に応じて国費から補助
- 制度ガイドラインの策定・公表
- 貸付上限・審査基準・返済免除条件・書類手続きなどを明文化
- 書類様式の標準化
- 市区町村・社協との業務委託契約締結
- 申請受付・本人確認・入金業務などの実務を委託
- 職員研修や対応マニュアルも準備
- 申請・貸付開始(全国一斉)
- 妊娠届提出時に、窓口で自動的に制度を案内
- オンライン申請も順次整備
- 貸付実行は原則月1回(定期スケジュール)
- 返済開始(育休給付開始後)
- 育児休業給付金の支給開始から3か月後をめどに分割返済を開始
- 自動引き落としまたは銀行振込(返済猶予あり)
- 年収・災害等による返済免除審査は別途実施
制度の柔軟性と将来的拡張
-
返済免除制度の拡張
ひとり親・第2子以降・DV避難中・障害を持つ子どもを妊娠中など、柔軟な免除基準を今後検討 -
フリーランスや雇用保険外の人への対象拡大
初期段階では難しいが、将来的には自営業者向けの別スキームを構築検討 -
返済不要型(給付化)への段階的移行も視野
財政状況や制度実績に応じ、より強力な所得補償制度としての進化も視野に入れる
制度整合性とリスク管理
- 育児休業給付金と制度設計を連動させることで、不正利用リスクを最小化
- 申請者情報はマイナンバーを活用して一元管理
- 出産証明・育休申請情報と照合し、偽装・重複申請などを防止
5. 財源と試算
本制度は、全国で年間数十万人の利用を想定する中規模施策であり、持続可能性と公平性を重視した財源設計が求められます。
想定対象と利用率
- 年間妊娠届提出数:約 80万人(厚労省統計)
- 対象者:雇用保険に加入しており、育児休業給付金の受給予定者
- 想定利用率:30%(24万人程度)
- 利用が見込まれる層:非正規雇用者、時短勤務者、低所得の若年層 など
- 平均貸付期間:6か月
- 月額上限:5万円
→ 想定される貸付総額(初年度試算)
24万人 × 5万円 × 6か月 = 約720億円
財源構成
- 労働保険特別会計からの拠出(制度整合性あり)
- 育児休業給付金と同一財源から運用可能
- 給付金と連動した返済設計も可能
- 国費補助(一般会計):対象外世帯や免除分の補填
- 返済金の再投入:最大8か月後以降に返済開始
- 毎年返済が発生し、資金の回収・再利用が可能
- 制度安定化後、基金化も視野に入れる
コストの性格:給付ではなく“貸付”であること
- 初期投入資金(約700〜800億円)は、あくまで“つなぎ資金”
- 数年スパンで返済が進めば、国庫に戻る性格の制度
- 給付型に比べて財政負担が低く、導入しやすい構造
中長期的な費用対効果
- 出産件数や出生率の維持・改善に資する(少子化対策効果)
- 妊娠期からの経済不安の軽減により、産後うつ・虐待リスクの低減
- 非正規・低所得層の**「妊娠回避の経済的理由」**を軽減
- 中長期的には、児童扶養手当・生活保護などの負担減に貢献
補足:免除要件による損失試算(ラフ計算)
- 仮に利用者の20%が全額免除になった場合
→ 720億円 × 20% = 144億円が「実質給付化」 - これは児童手当制度の年間給付総額(約2兆円)の1%以下
6. 関連政策との連携
後日追加予定
7. 想定される批判・懸念とその対応
本制度に対しては、以下のような批判や懸念が想定されます。それらに対して、労働党としての考え方を明確にしておきます。
「借金を前提にするのか? 給付ではないのか?」
確かに、出産・育児にこそ給付こそがふさわしいという意見はもっともです。
ただ、財源制約が厳しい中で広く制度を届けるには、「貸付+条件付き免除」という設計が現実的です。
むしろ、「今すぐ必要な人に、躊躇なくお金を届ける」ことが目的です。
**ゼロか100かではなく、“できるところから制度を前に進める”**という姿勢です。
「5万円では足りないのでは?」
十分ではありません。ただし、「ないよりは圧倒的にマシ」な水準と考えています。
非正規やパートで働く妊婦にとっては、家計の大きな下支えになります。
また、家計の状況によっては数か月だけ利用するなど、柔軟な使い方も可能です。
財源や返済状況を踏まえ、将来的な増額や給付化も視野に入れています。
参考:もし「月8万円」で設計した場合の財政インパクト
試算項目 | 月5万円案 | 月8万円案 |
---|---|---|
利用者数(想定) | 24万人 | 同左 |
平均貸付期間 | 6か月 | 同左 |
1人あたり総額 | 5万円 × 6か月 = 30万円 | 8万円 × 6か月 = 48万円 |
年間総貸付額 | 約720億円 | 約1,150億円 |
→ 差額:約430億円
また、免除率(たとえば全体の20%が返済不能)の影響も大きくなり、貸付制度としての安定性・回収可能性が低下する懸念があります。
特に制度導入初期においては、返済実績の把握や事務負担の増加が見込まれるため、段階的導入が現実的です。
「本当に返してもらえるのか?」
貸付制度として成立させるため、返済ルールは明確に設けます。
多くのケースでは育児休業給付金を受け取っているため、連動した自動返済や天引きが可能です。
また、返済が困難な人に対しては免除基準を設け、一律回収ではなく柔軟な対応を行います。
参考:コロナ特例貸付における「返済率」の実績
- 2020〜2022年に実施された新型コロナ特例貸付制度(総額約1.4兆円)では、以下のような実績が報告されています:
- 返済猶予・免除を含めた「回収不能見込み額」:約4,000〜5,000億円
- これは全体の3〜4割程度が実質返済されない水準です
- 一方、残りの6〜7割については返済が見込まれており、「一定の回収可能性がある制度」であったと評価されています(厚労省・2023年調査報告より)
今回の制度は、**より限定された対象(雇用保険加入者)**を前提とし、育休給付と連動する自動返済設計が可能な点で、コロナ時の制度よりも焦げ付きリスクは抑えられると想定しています。
「制度の乱用や偽装申請が心配」
制度は、妊娠届や出産届、育休申請などの公的手続きと連動して運用されます。
マイナンバーを活用した照合により、重複申請や不正利用は最小限に抑えられます。
「市区町村の実務負担が大きすぎるのでは?」
新型コロナ対策の特例貸付と同様、社会福祉協議会の実務ネットワークを活用することで、実施可能性は高いと見込んでいます。
必要に応じて、国による業務支援・システム補助・人員派遣なども検討します。
「フリーランスや雇用保険未加入者は対象外なのか?」
現段階では制度の簡素性と整合性を優先し、雇用保険加入者を対象としています。
しかし、制度の実績や社会的ニーズを踏まえ、将来的には自営業者やフリーランス向けのスキームの導入も検討します。
8. FAQ(よくあるご質問)
Q. 専業主婦(主夫)でも使えますか?
残念ながら現時点では対象外です。
この制度は「育児休業給付金を受け取る予定の人(=雇用保険加入者)」を対象としています。
ただし、制度の実績や社会の声を踏まえ、将来的には自営業者やフリーランスなど、雇用保険の枠に入らない人への拡張も検討していきます。
Q. お金を借りることに抵抗があるんですが……
よくわかります。
でもこれは、「やむを得ず赤字になる時期を“安全に乗り切る”ための制度」です。
もし生活が厳しい中で出産を選んだ人がいたら、国が一時的に生活費を“立て替える”。そんなイメージの仕組みです。
将来、余裕が出たときに少しずつ返してもらえれば、それで十分です。
Q. 返済が始まるタイミングはいつ?
原則として、育児休業給付金が支給されてから3か月後以降に、返済が始まります。
最初の数か月間は「返済猶予期間」があり、いきなり請求が来るわけではありません。
また、**免除の対象(低所得、2人目以降など)**に当てはまる場合は、申請により返済が不要になることもあります。
Q. 自分が対象かどうか、どこに聞けばいいですか?
妊娠届を提出した際に、市区町村の窓口で案内されるようになります。
申請の受付や貸付事務は、各地の**社会福祉協議会(社協)**が担当する予定です。
オンライン申請や相談窓口も整備される見込みです。
Q. 「育児休業給付金」とは別なの?
はい、これはあくまで“その給付が届くまでの間”を支える制度です。
「育休給付」はもらえるけど、それまでにお金が尽きてしまう——そんな人をサポートする“橋渡し”の仕組みです。
Q. 出産後にも使えますか?
基本的には、妊娠届の提出から育休給付金の初回支給までの期間に限定されます。
ただし、「出産はしたけど給付金がまだ入ってこない」「産後直後で生活が不安」という事情があれば、柔軟に対応される可能性があります(今後の制度設計次第)。